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小島かつら流!懸賞の極意2
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小島かつら流!懸賞の極意2
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運は筋肉
たとえば、皆さんが、おめあての本賞ではなく、Wチャンス賞が当たったとき「しまった!こんなところで運を使っちゃった!」なんて言ってませんか?
お気持ちは分かりますよ。あまり欲しいものではなければ、つい口に出てしまいますよね。でも、なんだか当選が『良いこと』じゃなく『困ったこと』みたいになってしまいませんか?
せっかくの当選です。額の大小や質の良し悪しは気にしないで、とりあえず“当選したということ”に「ラッキー♪うれしいな!」と感謝して受け取りたいものです。
さて、私たちが「運を使った、運が減った」と反応してしまうのは、「誰にでも運は“平等に配分されている”」と考えるからではないでしょうか。
もちろん「運は平等、チャンスは平等」ですが、ただ少し見方が違うとしたら、運のことを「瓶に入った液体」のようにとらえた部分かもしれません。
だから何か当たるたび、「ああ、運を使って(液体の)分量が少なくなったな」と、がっかりする感覚を味わうことになってしまうのです。
そこで、ひとつ提案です。
これからは、運は液体ではなく「筋肉」なのだと考えてみませんか?
私がそう考えるようになったキッカケは、ある有名な風水師の講演で「●●の置物を○○の方角に置いて、運を鍛えましょう」という開運のコツを聞いたときです。
そのキーフレーズに、私は思わず「おお!」と膝を打ちました!
ただし、私が「おお!」となったのは、置物や方角の部分ではなく「運を鍛えましょう」のほうでした。
そうだったのか!運は鍛えられるのか!
運は使ったら減ったり無くなったりする液体ではないんだ!
「筋肉」のように使えば使うほど鍛えられて強くなるものなんだ!
・・・そう考えることにしたら、なんだかワクワクしてきたのです。もうこれからは、運が目減りするからと心配しないで、どんどん使っちゃおう!と。
このように発想を変えると、懸賞生活はグンと楽しくなります。
たとえば、もし、Wチャンス賞が当たったら「懸賞筋を鍛えた結果が形になったな。次はもっと豪華な物が当たるかも」と励みにできませんか?
逆に「最近、調子が出ないなぁ」というときは「最近、懸賞筋を使いすぎて疲れたせいかも。ちょっと休もう。元気が戻ったら、また頑張ればいいや」
こんなふうに受け取れば、当たらないことや応募できないことで自分を追い詰める必要はありません。
そして、ついに、おめあてのプレゼントが当たったら「やった!私の懸賞筋が強く太くなった成果だ!」と自信が持てて、当選を純粋に喜べるわけです。
ね?どういう状況でもハッピーでいられる考え方だと思いませんか?
※無断での転載等はご遠慮願います。
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